千丸台商店会
          何度でも通いたくなる
            【心のふるさと
商店街                
                    横浜市保土ヶ谷区新井町
 
千丸台商店会
 
千丸台商店会
 
現況
 千丸台商店街は、相鉄線西谷駅から北におよそ2kmのところに位置し、地形的には谷戸に形成されていて、道路沿いから左右の丘(斜面地)に住戸が建てられています。
 当初、住戸がごくまばらであった当地区は、昭和38年の県営千丸台団地入居を皮切りに、周辺の開発が進んで人口集積が進み、現在の商業集積も昭和40年代に急速に進展した地域です。近年は、戸建て住宅を集積化するなどの手法でファミリー向けマンションが建てられ、若い世代の流入傾向もみられています。
 
 
会長挨拶

千丸台商店会
会長 安藤順康

肉のかねもと
 
近年移り住んできた若い世代にも気軽に商店街でお買物ができるようガイドブックの作成のほか、イベント(商店街プロレス、ハロウィン等々)を開催してふれあいを深めています。住み慣れた地域で安心できる商店会を目指します。


 
近隣の沿革
保土ヶ谷区の新井町には、江戸時代の頃から新井新田と呼ばれている谷戸がありました。それは当時代官であった新井忠兵衛という人が、幕府の領地だった御林・山野を買い取り、開墾して新井新田と呼ばれるようになりました。
  また、新井新田ができたとき、人々が豊作を願って村の鎮守として建てられたのが、今の稲荷神社だと言われています。現在も「稲荷通り」という新井町の地名、字名があり、それはこの地に稲荷神社の前を通る道に付けられた字名と思われます。現在もバス停名に用いられています。
 明治7年、新井新田に伊勢四日市の人、黒崎平七という人がお茶の栽培を始め、後に新井新田を買い取って茶畑を作ったのは鈴木政右衛門という人だと言われています。茶畑は、昭和12年頃まで栽培が行われていましたが、戦時中に茶畑はサツマイモ畑や麦畑に変わり、戦後は団地の建設や宅地開発などで次第に茶畑は無くなっていきました。
 近隣の新井小学校の校章は茶葉と花が図案化されたものとして選定されています。

1889年4月  都筑郡上菅田村・新井新田が中山村・十日市場村・榎下村・久保村・寺山村・台村・
         上猿山村・下猿山村・鴨居村・本郷村と合併して新治村が成立。
1939年(昭和14年) 4月  新治村が廃止され横浜市に編入。同日に新設された港北区の一部と
                   なる。
1960年(昭和35年)10月 保土ヶ谷病院(現旭区白根7-11-1)が設立。
1961年(昭和36年) 7月 港北病院(現保土ヶ谷区新井町486)が設立。
1966年(昭和41年)     横浜商科大学高等学校(旧横浜第一商業学校)創立。
1969年(昭和44年) 4月 横浜市立新井小学校が開校。
1969年(昭和44年)10月 保土ヶ谷区から旭区を分区。
                  港北区から緑区を分区。上菅田町と新井町を保土ヶ谷区に移管。
1976年(昭和51年) 4月 神奈川県立白山高等学校開校。
1977年(昭和52年) 7月 横浜市立新井中学校開校。
1982年(昭和57年) 8月 千丸台連合商店会発足
2014年(平成26年) 5月 千丸台商店会に名称変更 


     
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       稲荷神社

      千丸台団地

       新井小学校